ペンギンディスコ戦記(改訂版)

ペンギンディスコ広報ログ

選択肢は選択肢に縛られる、という話。

自分の書くジャンルの作品は、

一定数読まないとならない、

と言われています。

別に読まなくてもいいんだけど、

とりあえず、言われてます。

当たり前だけど、

読まないと輪に入っていけません。

輪に入る必要がそもそもあるのか、

というとそんなことないです。

書きたいものを書けばいいんじゃないかな。

で、ジャンルって言っても、

孤高の奴らもいて、

昔僕は動画サイトでアニメを観てたのですが、

FateはタグがFateという番組名だけで、

タグの編集が出来ない状態になってました。

タグである意味のないタグ。

基本、それくらい孤高の哲学で

オーケーだと思います。


ですが、一応、

僕は色々ジャンル小説を読んだりしてます。

僕はキャリア、10年選手って奴ですので、

正直、資料になる奴と

ネタ本になる奴だけ読んで

工学的に小説を書いちゃいたいです。

「んじゃ、実際工学的に書けんのかよ」

という質問はナンセンス。

知らねーよ、やってみなくちゃ。

出来なくても

続けりゃ出来るかもしれねーだろ。

と、いうスタンスですが。



名作を読め、という人と、

名作を読むとヘコむので

書けなくなるから読まなくていい、

という意見があります。



なんだこりゃ?って話ですよね。

これって、ある種の

党派性って奴に近いと思います。

しかも、二分法。

選択肢の恐ろしさは、

選択肢しか存在しないことです。



自由は言うまでもなく不自由ですが、

荒地を開墾していくような粘りで、

自分の思う自由を「解放」してくしか

ないのかもしれません。


自分で考える、という時、

既にその人にはバイアスがかかっています。

生物なので仕方ないので、

絡まる糸をときほぐす作業をする、

それが、僕が言う解放にあたります。

または、開墾。

家庭菜園って難しくて、

すぐ草が生えてしまうんですよね。

モデル的にはそれに近いので、

僕も頑張って作品で示したいし、

同時に、色んなとこで

無駄に言い争うだけで終わるのは、

二択とか四択とかの

クイズ番組のように

なんでもかんでも落とし込むからのような

気がするんで、

ちょっとストレートに

書いてみるしかなかったのです。

読まれるかどうか、

という問題もありますが、

自分の意思表示として、

表明すべく、

記事を書いたのです。

読まれる、読まれないは

二の次です。

これ、人生でみんな経験するのに、

恐らくは「秘儀」になってるんでしょうね。

よくないです。


工学的にと言ったり

選択肢に縛られるなとか、

表面的には矛盾してそうですが、

ニュアンス的に全く違います。

この場合と同様、

考えれば

クイズやナゾナゾの方法論と

他の事柄については

考え方は変えないとならないことが

案外多いこと、わかると思います。




以上、熱燗で少し酔ったので、

管を巻きました。


p.s.読み直したら
      すっげ読みづらくて
      自分でも読み取れませんでした♪( ´▽`)