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ペンギンディスコ戦記(改訂版)

ペンギンディスコ広報ログ

望遠

先日、電気屋へ行ったら天体望遠鏡がありました。

夜空に輝いてる恒星だけでも大スペクタクルで、

中学や高校、特に高校生の頃、

部活帰り、空を見上げて、

月と星と、その光の「揺らぎ」に

思いを馳せて、

「この星全部を渡り歩けたらなぁ」と

漠然と思っていたのを思い出しました。

太陽系にしたって、

例えばガス惑星の木星の中で

繰り広げられてるのを小学生の時に知り、

「誰も見てないのにこんなことになってんの?

    誰も見てないのに???」と、

主体と客体で考えがちだったために

かなり混乱してしまったものでした。

木星インパクトが強かったので

今、引き合いに出したんですけど。


部活帰りに歩いてて、

夜空の場合は空気の温度によって

見え方の印象が違うのが

とても楽しかったです。

今もたまに星をベランダから見ますが、

当時の、わたり歩けない感よりは、

星々が輝いてるから世界は素晴らしい、

って感じることが多くなりました。

光が地球に届くまでのタイムラグもまた、

僕にとっては超浪漫。

むかしといまを結ぶなにかなんだ、と。


で、太陽ですよ。

日の入りは残念ながら張り込んでみたことは

ないんですよ。日没は山になっちゃうので。

でも、日の出は、何回も瞬間を見てます。

おそらくは自転とか公転とかが

ファジーだからだと思うんですが、

スピードがいつも同じというわけじゃないっぽいし、

見てて楽しいですよね。



去年あたりから、僕は、

全ては途上であって、

それも「始まってすぐか、始まってすらいないかだ」と、

思うようになりました。

だから、絶対的正しさなんてない。


当たり前のことではありますが、

知識だけじゃなく

事実を目の当たりにしても、

正しさの根拠の土台は、

子供の頃教え込まれたほど硬くなく、

ぬかるみの中に突っ立ってる、

くらいにしか根拠の硬度がない風に

思うことになったのです。


絶対的価値観で言えば、の話ですよ。

相対的価値観でなら、

アウフヘーベンとか起こせれば

儲けもんですからね、

ふにゃふにゃでも使えると思ってます。



うーん、じじつっていうんじゃなくて、

話を戻すと、

天体に囲まれてる時に意識を研ぎ澄ます時、

あの「圧倒的なリアル」に、

「気付いた」その瞬間、あれを

「体験」て呼ぶし、言ってることが

若干おかるとくさいですが、

それでも体験こそ硬度があって、

その時自分は、

地面に足をつけてるってのを感じれる。

ただ、事実はイコールで体験ではなくて、

混ざりがちになるよなー、って

振り返ったりはします。

線引きしなきゃいけない部分ですね。


……。

。・゜・(ノД`)・゜・。


いきなりどーしたんだ?って内容に

なりましたが。


昔の人もたぶん、

僕と同じように星空を眺めて、

星に願いを込めてたんだなー、

って思うと、なんだか孤独感が紛れますね。

等という落とし所で。



天体、詳しくないんですが、

たくさん無為に眺めてきたので、書きました。


それでは、また。